備後絣 -びんごがすり-

江戸時代末に考案され全国一にまで発展した 日本三大絣の一つで現代備後アパレルの源流

生産地

広島県福山市新市町・府中市

歴史的経緯と地域性・特色

広島県東部(備後地方)は、初代福山藩主の水野勝成が綿作を奨励したこともあり、江戸時代から綿の産地として知られていた。綿の一部は、農家の副業として綿布づくりに用いられ、18世紀の初め頃から、縞木綿等の木綿織が発展し国内他地域にも広く出荷されていた。そして、江戸時代末期からの問屋制家内工業の普及により、当地の綿織物はさらに発展する。

江戸時代末期に、福山市芦田町の富田久三郎が考案したのが、日本三大絣の一つに位置付けられる備後絣である。既に絹織物の手法を応用して新種の綿織物を開発していた同氏は、取引先問屋から新たに絣を製作することを勧められ研究に着手し、1853年に初めて絣を完成させた。さらに1861年には、洋綿糸を用いて精緻で美しい絣を製作した。明治初年の1868年、大阪市場の伊藤忠商店との取り引きを開始し量販への道を拓き、以後、備後絣の名を全国に広めつつ、工場生産や機械化など近代化を進めながら生産を拡大させていった。

備後絣が生産のピークを迎えたのは昭和30年代のことであり、年間生産量は300万反で全国の7割を占めるほどであった。その後、生産は縮小するものの、今でも和服や洋服のほか雑貨等の小物を含め製作が続けられている。また、備後絣の染色や縫製等の技術は、デニムやワーキングウェア等の備後地方のアパレル産業にも脈々と受け継がれている。

セールスポイント

丈夫で実用的な備後地方の綿織物を代表する備後絣は、今でも素朴な色彩やデザインが和服や洋服に活かされ、雑貨等の小物にも応用されている。さらにその技術は、現代のデニムやワーキングウェア等の備後地方のアパレル産業の礎ともなっている。

指定、認定等

県指定伝統的工芸品(1992 年)、中小企業庁産地概況調査対象産地

生産者組合/主な生産者

主な販売店等

関連博物館・展示施設等

福山市しんいち歴史民俗博物館

住所 福山市新市町新市916
電話 0847-52-2992
営業時間 9:00~17:00
定休日 月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
料金 無料(特別展は有料の場合あり)
体験 なし
URL https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/shinichi-rekimin/

参考資料

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